ぶれない背中に、人が集まった

― 棚橋弘至選手に学ぶ「信じ続けること」の大切さ ―

新日本プロレスの棚橋弘至選手が引退されました。
このニュースに、寂しさと同時に「ついにこの日が来たか」と感じました。

私は昔からのプロレスファンです。
学生時代はもちろん、社会人になってからも、金沢に来るまでは毎年1月4日の東京ドーム大会だけは欠かさず足を運んでいました
それだけ、プロレスという世界を、長く見続けてきたつもりです。

だからこそ、棚橋選手の引退は、
単なる一人のレスラーの引退ではなく、
伝統あるプロレスという文化を、真正面から守り抜いた功労者をたたえる瞬間として、強く胸に残りました。

棚橋選手は、時代が格闘技へと大きく流れていく中で、プロレスを真正面から背負い続けた象徴的な存在だったと感じています。
流行に迎合することなく、逃げることもなく、「プロレスは面白い」という信念を貫き続けてきました。

その姿勢を象徴する出来事として、今でも強く記憶に残っているのが、
2002年2月・札幌大会での、いわゆる「猪木問答」です。

アントニオ猪木から厳しい言葉を投げかけられる中で、
棚橋選手ははっきりと、
「僕は新日本プロレスで、プロレスをします」
と言い放ちました。

当時の状況を考えれば、決して簡単な言葉ではなかったはずです。
それでも、自分の立つ場所と、自分が信じるものを、あの場で明確に示した。
この一言に、棚橋弘至という人間の「ぶれなさ」が凝縮されていたように思います。

経営や仕事の世界でも、時代の流れに合わせるべきか、自分の信念を貫くべきかで迷う場面は少なくありません。
棚橋選手は常に、「自分は何者なのか」「何を守るのか」を曖昧にしなかった。
だからこそ、人が集まり、支持され続けたのではないでしょうか。

流行りの格闘技路線を選ばず、
「プロレスが好きだ」「プロレスを信じている」という一点を、決してぶらさなかった。

その結果、プロレスを愛する仲間が自然と集まり、
プロレスを愛するファンから、長く、深く愛される存在になりました。

これは、経営や組織づくりにもそのまま当てはまる話だと感じています。
理念を掲げることよりも、それを行動で示し続けること。
時間はかかりますが、それこそが信頼を生む唯一の方法なのだと思います。

引退試合後のインタビューで、棚橋選手が
「あぁ~疲れた。ありがとうございました。」
と語った場面が、とても印象に残りました。

14年間、一度も口にしなかった「疲れた」という言葉。
それを知っている記者の方々から自然と拍手が起こり、
その拍手に包まれながら退場していく姿に、思わず胸が熱くなりました。

その光景を見ながら、私自身の経験を思い出しました。

前職で、立ち上げから8年間関わった工場を去る際、
取引先の社長さんから最後に感想を聞かれたとき、私の口から出た言葉も、確か
「疲れました!」
だったと思います。

普段、「疲れた」という言葉を口にすることはほとんどありません。
それでもあのとき自然に出たのは、弱音ではなく、
やり切ったという実感だったのだと、今では感じています。

棚橋選手の「疲れた」も、きっと同じだったのでしょう。
逃げずに背負い続け、守り続けてきた人だからこそ、最後に言えた言葉だったのだと思います。

これからは、レスラー棚橋ではなく、棚橋社長
久しぶりとなる、新日本プロレス生え抜きの社長です。

プロレスを愛する人が、プロレスをつくっていく。
その姿勢は、これからの新日本プロレスをより魅力的なものにしてくれるはずです。

そしてそれは、私自身が取り組んでいる仕事にも重なります。
建設業が好きな人間が、建設業のためのWebや動画をつくる。
現場を知り、業界を愛しているからこそ伝えられる空気や温度がある。
BCプランニングとして大切にしているのも、まさにその部分です。

ぶれずに信じたものを続けること。
それが人を集め、組織を育て、未来につながっていく。

棚橋弘至選手の歩みは、
そのことを生き方で教えてくれました。

これからの新日本プロレスを、心から楽しみにしています。