心に沁みる。越中八尾「おわら風の盆」

私にとって「夏の終わりと秋の訪れ」を告げるもの、それは富山県八尾市で毎年9月1日から3日間だけ行われる「おわら風の盆」です。
今年も幸運なことに、あの特別な時間を過ごすことができました。この感動を、少しでも皆さまにお伝えできればと思います。
胡弓の音色が誘う、唯一無二の世界
おわらの魅力は、何と言ってもその独特の空気感にあります。日が落ち、ぼんぼりの灯りが石畳の坂の町を幻想的に照らし出す頃、どこからともなく哀愁を帯びた胡弓の音色が響き渡ります。


唄と三味線、そして胡弓の音色に合わせて、編み笠を目深にかぶった男女が、静かに、そして優雅に踊る。指先の動き一つひとつ、すり足の一歩一歩に、洗練された美しさが宿っています。観客もその世界観を壊さぬよう、皆が息をのみ、静かに見守る。町全体が一体となるあの静寂と緊張感は、他では決して味わうことができません。


「静」と「動」— 石川の祭りとの対比
私が暮らす石川県、特に能登には、「あばれ祭」に代表されるような、勇壮で激しい「動」の祭りが多くあります。それはそれで胸が熱くなる素晴らしい文化ですが、八尾のおわらは全く対照的です。
激しい掛け声や勇壮な神輿の代わりに、ここには内に秘めた情熱を静かな踊りで表現する「静」の美学があります。この静けさこそが、かえって心に深く、深く染み込んでくるのです。この対比を知ることで、北陸という土地が持つ文化の多様性と奥深さを改めて感じています。
北陸に来て良かった、と心から思う瞬間
数あるお祭りの中でも、私はこの「おわら風の盆」が一番好きです。
この地に身を置くたび、この美しい伝統を守り続けてきた人々の想いに胸が熱くなります。そして、このような素晴らしい文化に触れられる場所に暮らしていることを、心から幸せに感じます。私にとって、おわらは「北陸に来て本当に良かった」と実感させてくれる、大切な存在なのです。


もっと、おわらが好きになる魔法。『月影ベイベ』のススメ
最後にもう一つ。もし、おわら風の盆に興味を持たれたなら、ぜひ小玉ユキさんの漫画『月影ベイベ』を読んでみてください。


この作品は八尾の町を舞台に、おわらに情熱を注ぐ若者たちの姿を描いた物語です。登場人物たちの葛藤や成長を通して、踊りや地方(じかた=演奏者)に込められた想い、そして祭りを支える人々の日常を深く知ることができます。
読んだ後におわらを訪れれば、一つひとつの音色や所作に隠された物語を感じ取ることができ、感動が何倍にもなること間違いなしです。
来年もまた、あの坂の町で、あの音色に会えることを願って。 皆さまもぜひ一度、この静かなる情熱に触れてみてはいかがでしょうか。